滞在時間を売ります。

会社を設立してから今年で8年くらいになります。
創立のときから思っていたことですが、いまだに株式会社というものがよくわかっていません。そもそも”株”ってなんなんでしょうか。8年前、株式会社を設立する手続きを司法書士に丸投げしたら、急に”200株”が発行されました。200個も手元にあるはずなのに、私はいまだに見たこともありません。
世の中って不思議ですよね。
あと、個人事業から会社になったことで不思議なことがもう一つありました。毎月、自分で自分に給与を支払わなければならないといわれたのです。これにはまいりました。しかも、ただでさえ行く先もわからないのに、定額で払わなければならないらしいのです。まったくおかしなことですが、創立からいままで、自分に給与を振り込むときにポジティブな気持ちになったことがありません。事業のバランスを自分の給与がくずしているようで、いつも身を切られる思いで振り込みをしています。
ほんとうに、まったくおかしなことです。
一方でそういう「おかしいな」と思っていたことは、最初のうちはそうなのですが、年を経るにしたがってだんだんと慣れてきてしまうというか、気にならなくなってしまうこともあります。
私の場合、そういうもののひとつが「時給」です。
時間とお金、このふたつが結びついたときに生じる違和感を、私は長年拭い去ることができませんでした。「いる」というだけのことにお金が発生する。これが極めて異常なことのように思えていたのです。
はじめのうちはこの「時給」という摩訶不思議な概念をどうにか乗りこなそうと、いろいろなことを試しました。仕事や時間の対価としてではなく、単にお金だけを支払ってみたり、いっそ無給で働いてみたりと、ほんとうにいろいろなことをしてきました。(そしてそれらの実践のほとんどはほんとうに地味で意味不明なのでなんの記録も残せていません)
けれど、とりあえず暫定的にこの「時給」というものと関わっていると、だんだんとそうあることが当たり前のようにも思えてきました。自分が「いる」ということでもって、お金が生じないことがむしろ不思議なくらいの感覚が芽生えてきたのです。
これが、いいことなのかどうか、私にはわかりません。
ただ、ともかく時給というものとの格闘をひとりでかってに10年以上、くんずほぐれつ続けてきた結果として、まあ、そういう概念があることで何らかの通りがよくなることも場合によってはあるのかな、というくらいには仲良くなれてきた気がします。なかなか青春ドラマのように「全力で殴り合ったらもう親友だぜ」というようにはいきませんが、少なくともそれなりに長い間一緒に過ごしてきた相手ですので、一定の席を許してやろうかという気にはなってきました。
それで、滞在時間を売ることにしました。
これは厳密には時給というより……なんでしょうか。いわば「いてほしい」という希望に対するぎりぎりの応答としての滞在時間の販売です。しかし、例えば私自身、いたくない場所にいたいわけでもないので、いるぞという場所の選定はひとまず自分でやってみようかと思います。いっぽうで「ここにいてほしい」という要望があれば、無理のない範囲で増やしていくつもりです。
いっしょうけんめい言い訳というか、言語化を試みてみましたが、つまりはこういうことです。↓↓↓↓

各地点をご購入いただくと、私がその場所に一定のあいだ滞在を試みます。なにか、そこでサービスがあるとか、必ず会えるとかいったことではありませんが、それなりの心づもりでは滞在いたします。また、ひとりの人間として常識的であるよう心がけてはいますので、なにかご要望があればできる限りでお応えをしていこうと思っています。
サイトはかつての仮面屋のアカウントを流用しており、意味不明のレビューが載っている詐欺サイトのようになっています。あきらかに詐欺ではないのですが、怪しいことをしている自覚はあるので、このくらいの仕上がりがちょうどよいかなと思っています。