ものをつくらないをつくるゼミ

ゼミをはじめます。

あきらかにあやしいバナーでこんにちは。

以前、”しない派”という組織を構想していたことがありました。積極的選択としての”やらない”ことの肯定をしようということで、当然の帰結としてなにもやらないまま終わりました。

自分のなかに長年、「しない・やらない」ということをやりたいという欲求があります。しかし、そうした態度は常にいばらの道です。あたくしはずいぶん長い間、否定形を肯定するというこのねじくれた方針を、やることを肯定するための方法論のひとつであるように感じていて、それなりの真剣さをもってこの命題と取っ組み合ってきました。

そういう実践を何年も続けてきて、結果的にほんとうになにもしていないようにみえるというか、実際にしていないのですが、当たり前にわかりにくい活動である一方で、ちらほらと賛同してくれる人もいたりして世界は心強いなと思ったりもしています。

そんなわけでゼミをはじめます。

 

3つの活動方針

ずいぶん前から「ものをつくらない」「ゆっくりやる」「ひまでいる」という3つの活動方針にのっとって生活をしてきました。それらはすべて自分自身がより良く生きるためで、さらにいえば周りがちょっとでもいい世界になってほしいなという小さな願いでもあります。

あたくしはよく「なんだかんだいってものをつくってるじゃん」といわれます。その通り。つくってもいます。ものをつくらないというのはつくることの否定ではなく、むしろ、つくることへの尊敬と肯定の気持ちを込めた選択肢のひとつです。

つくってもいいじゃん。

でも、つくらないことをやってみてもいいと思います。

つくることはおおむねあきらかに楽しく、進歩的で、ひまな人類にとって有効な遊びです。あたくしはいつも、みんなが何かを楽しそうにつくっているさまを見て憧れています。だから逆に、自分ではやらなくてもいいかなと思ったりもします。

つまり、つくることは他の人に任せて、つくらないことこそを楽しむ主義です。

それは逆張りというよりも、単に人の手からこぼれがちな落とし物をひろって磨きなおしたりするようなしぐさです。新しいものを生み出すよりも、いまあるものを見つめなおすほうがあたくしは性に合うなあと思っています。

 

連帯と希望

最近はつくらない、ということがどんな活動として立ち現れるにせよ、もっと連帯をしたらいいかなと思うようになりました。連帯とは常に希望の発露です。ガンジーが非暴力・不服従をうたったように、歴史的にも、やるよりもやらないの連帯が力を発揮することがままあります。

実際、やらないことはとても強固なものです。子供が全身で”やらない”をするとき、大人にできることといえばただ呆然と立ち尽くすことばかりです。

私は書道の授業で時間ぎりぎりまで半紙に筆をのせることができない子供でした。当時の私は「つくれなかった」わけですが、もし生徒たちが皆あえて「つくらない」をやったとしたら、それはひとつの大きな主張であったでしょう。

 

いかにして”しない”のか?

つくることの連帯は想像に易しい。では、つくらないことの連帯とは具体的にどういったものでしょうか?

それをいっしょに考えるためのゼミをはじめます。

ゼミといっても、何かについて研究したり、調査したりすることが主な目的ではありません。

実際に「つくらない」ということのアクションを起こし、いかにして”しない”を立ち上げることができるのか、実践を行います。最終的な発表の機会も設けるつもりですので、むしろ「つくってしまった」り、何事も起こせないという結論でも一向にかまいません。すべての活動は過程であって、やってみたり、続けてみたりすることに意味があります。

例のごとくオンラインはありませんので、身体を現地に持ってきてくれる方で、我こそはつくらないぞという方のご参加をお待ちしています。

 

 

開催概要

  • タイトル:ものをつくらないをつくるゼミ
  • 開催場所:うそのたばこ店(東京都台東区浅草橋3丁目4-2)
  • 開催日程:2026年4月から毎月2回 隔週平日夜(参加者に応じて調整)
  • 参加費:半期(6ヵ月)15万円 or 無料
     ※無料参加者は期間内の欠席・発表の辞退を認めません。
  • 定員:5名

お申込み

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